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伊能忠敬『測量日記』

八月十二日 
(本隊)

 晴天。松島に逗留して測る。我等・今泉・尾形・箱田・佐助は六っ後
(午前6時過ぎ)に出立した。

同島枝西泊の測所の
西の印より初めて、右山の方に測る。左に一町
(約109m)ばかり沖の宮島は一周二町(約218m)ばかりで、弁天社(宮島神社)。浜泊。右山に石炭掘りが三ヶ所、その外所々にある。呂渡崎。仏崎。右の山上二町(約218m)ばかりに枝外平。亀ノ浦。大波石崎。舟中で昼休み。角瀬は一周一町半ばかり(約163m)で遠測した。干切櫛島(串島)瀬戸は満切りで真中のの印迄、沿海一里二十六町二十五間四尺(6,810.30m)

此より櫛島
(串島)を測る。右山の方に測る。左に六町
(約654m)ばかり離れてヒゲノ瀬が周囲三町程(327m程)の岩。談合浦。鷹ノ巣崎。右に石炭堀りの小家が三軒。即ち今、堀出している最中である。の印に繋げる。櫛島(串島)は一周十五町三十四間三尺(1,699.09m)。又、の印より初めて、沿海を測る。馬篭浦。落石崎で打ち止める。沿海十町四十八間(1,178.18m)。外に島を測量して十五町三十四間三尺(1,699.09m)。沿海合計二里一町十三間四尺(7,988.48m)。総測二里十六町四十八間一尺(9,687.58m)

八っ時頃
(午後2時頃)に宿へ帰る。此の夜、佐嘉(藩)の東嶋平橘、荒木丈右衛門が病気なので渋谷順四郎が替わって出る。此の夜は星を測る。


八月十二日 
(手分け)

 晴天。瀬戸村
(西海市大瀬戸町瀬戸)に逗留して測る。六っ時後(午前6時過ぎ)に乗船する。一里余り(約4q)で池島(長崎市池島町)へ渡る。

 彼杵郡大村領神浦村持ち池島は人家百十軒。
…中略…大池は一周五六町(約600m)ある。池島は一周一里二十七間五尺(3,977.88m)

 この島より、およそ二十町
(2,182m)ばかりに蟇島(大蟇島)。蟇島は一周二十一町一十六間(2,320m)。大村より出る真図を用いて遠測する。同属の満切り小島(小蟇島)は一周三町四十九間(416.36m)。同前。

 池島より一里
(約4q)ばかりで母子島へ渡る。神浦村持ち母子島は一周六町四十間四尺(728.48m)

 それより又一里ばかり
(約4q)、瀬戸浦の福島を測る。瀬戸村地方の宮ノ鼻人家前に印を残し福島へ渡る。瀬戸巾は四十七間一尺
85.76m)。瀬戸村持ち福島(大瀬戸町瀬戸福島郷)。松ヶ崎より初めて右山の方に測り、印を浅す迄、七町十二間(785.45m)。これより裏海の尻腐浦へ横切り印を残す。横切り一町三十六間(174.55m)。又、印より初めて、タリタ鼻。尻腐鼻。尻腐浦。横切って残した印に繋げる。一十四町三十七間五尺(1,596.06m)。又、立瀬鼻の測遠の幟に繋げて打ち止める。沿海七町三十二間(821.82m)。外に横の瀬戸巾二町二十三間一尺(260.3m)

 沿海合計二十九町二十一間五尺
(3,203.33m)。島の合計一里七町八間三尺(4,706.36m)。総測二里二町五十三間三尺(8,170m)。暮合いに宿へ帰る。