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伊能忠敬『測量日記』

九月十五日

 晴天。六っ時頃
(午前6時頃)に飯香浦名を出立した。

 茂木村枝大田尾名。人家下の昨日の打ち止めより初めて、沿海を順に測る。字古賀浦。字鼻操崎。字大名迫。字小(コ)崎。日見村枝網場(アバ)。字番所崎。字網代浦。百姓の久左衛門宅で昼休み。

 左に天満宮社
(天満神社)。左に浄土宗日見山養国寺。字中河原。小川尻(清水川)は巾十間(18.18m)ばかり。日見川尻(ペンギン水族館付近)は十四間(25m)ばかり。印を残す。沿海一里一十三町三十二間(5403.64m)

 それより小出鼻。去る十一月二十一日に残して置いた御用杭に繋げて、一町二十一間一尺五寸(147.73m)。沿海合計一里一十四町五十三間一尺五寸(551.36m)

 又、
印より初めて、長崎街道へ打ち上げる。字浜底。字鳥打場。長崎街道へ出る。去る十一月二十二日に残して置いた佐嘉領矢上村と御料所日見村の境にある御料所界杭へ繋げる。横に二町四十間三尺(291.82m)

 これより長崎街道を測る。字腹切坂。右に馬頭観音
(数年前まで観音堂横に移設されていたが、現在地は道路拡張により移動)がある。日見本村の人家、長崎街道駅日見宿。日見川の石橋(三国屋橋)八間(14.5m)。測所前に打ち止め。街道は六町三十三間(714.5m)。沿海・街道・横物三っ合わせて総測一里二十四町六間四尺五寸(6,557.73m)

 八っ時前
(午後2時前)日見駅(長崎市界2丁目)へ着く。本陣は馬駅(馬継ぎ場・現在は田川歯科)の伝兵衛宅。御用取次の松尾五郎七、外に文蔵、日見村浦見番の野上勝右衛門と橋爪七左衛門が出て来る。この夜は曇り晴れで、観測する。

背景の地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の2万5千分の1地形図を複製したものです。
※国土地理院承認番号 平14総複、第253号 平成14年10月9日
天満宮 (写真1) 養国寺 (写真2)
領境石 (写真3) 腹切坂付近 (写真4)

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