高 島 高 校(元長崎西高等学校高島分校)

*本HPの写真・図版等の転載・転用等を固く禁止します。

写真《 高島高校校章(校舎壁面) 》
  <2007年12月撮影>


〔 概 要 〕

1949年(昭和24年)◎ 6月1日、県立長崎西高等学校高島分校が開校
1952年(昭和27年)□ 長崎西校高島分校の校舎完成 1棟4教室(177坪)
1957年(昭和32年)□ 西校高島分校、平成32年4月の募集定員を80名に変更
□ 端島から高島高校に通学する従業員子弟のために、会社が光町テニスコート横に寮を設置
1960年(昭和35年)◎ 4月1日、県立長崎西高等学校高島分校が長崎県立高島高等学校となる。
1962年(昭和37年)□ 高島高等学校、全日制普通科に切替え(3学級135名でスタート、昭和39年3月31日定時制普通科廃止)
1963年(昭和38年)□ 高島高等学校、第1期新校舎(鉄筋4階建)竣工
1972年(昭和47年)□ 高島高校 格技場完成、また、PTA負担で端島からの通学生の宿泊所も兼ねて、合宿所を格技場下に建設
1986年(昭和61年)◎ 11月27日、三菱高島砿業所閉山
1989年(平成元年)□ 3月4日 県立高島高等学校、卒業式並びに閉校式
参考文献
□『高島町の歴史年表』高島町教育委員会(平成15年)
◎『高島半世紀の記憶』高島町(平成11年)

 炭の光(昭和32年)には、「立坑開さくの為端島学生寮も移転の已むなきに至り、五月二十一日にテニスコート横に移転した。一番方の務めを終えた勤労学生諸君は、疲れをいとわず端島発終便の社船で高島の高校に登校、夜間十時近く迄勉学に励み、疲れた心身を新寮で休め翌朝六時半の便で端島に帰つている。いままでは十余名の学生が一室に休んでいたが、新寮の落成によりいまでは一室四名となり、快適な環境に恵まれたことに感謝している。」との記載があります。
 野母商船に代わってからは高島発22時40分の便にてその日の内に端島に戻れていたのですが、社船時代は一日3往復のみで授業が終わってから端島に戻る便がなかった頃のことですが、島の諸先輩のご苦労が偲ばれます。


 以下、閉校後の姿、解体工事中の姿、解体後の光景を掲載させていただきます。

〔 2007年12月撮影 〕

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