旧長崎刑務所(諫早市)

平成19年6月(5月かも)、旧長崎刑務所が解体される前に内部が公開された。
最後の機会だと思い、訪れることにした。

旧長崎刑務所。
今年で完成からちょうど100年。
1907年、明治政府が建設した五大監獄の一つだ。
日本を代表するジャズピアニスト山下洋輔の祖父が設計したことでも知られる。

刑務所が移転したため、約15年間空き家になっていた。
内部は、朽ち果てて、屋根は今にも落ちそうだ。

頭のすぐ上まで、朽ちた材木が垂れ下がってきている。

不審火やシロアリの発生などで、近隣住民は早急な撤去を求めている。
一方で、文化財としての価値を認め、保存を訴える団体もある。
この荒れ様では、全面的な保存は難しいだろう。

たくさんの独房が並んでいる。
部屋は狭く、トイレが設置されていた。
扉には、監視用の小窓と食事を入れる窓が付いている。

2階へ上る階段。
朽ち果てて上がることは出来ない。


工場跡。
このような広い作業場が、刑務所内には数箇所あった。
ここで、囚人たちが作業をしていたのだろう。


2階にも独房があるが、廊下が朽ちており上がることが出来ない。
この刑務所は、独房棟が放射状に建てられており、中心に立つと、それぞれの独房棟を見渡すことが出来る。
監視という刑務所ならではの目的に合った構造となっている。


風呂跡。
ここで、囚人たちが順番に規則正しく入浴していたのだろう。
近所の子供たちが刑務所に入り込んで、こっそり入浴したという話も聞いた。


レンガ造りの立派な建造物だ。

もっと早く保存の声が上がっていれば、どうであっただろう。
明治22年建造の熊本大学の旧第五高等中学校本校は、同じレンガ造りの建造物だが、国の重要文化財に指定されている。
旧長崎刑務所の方がやや新しくはあるが、残っている建物の規模などから判断しても文化財指定の可能性は否定できないだろう。


既に、解体は決定している。
跡地に何を作るべきか。
市民グループの人たちが、内部公開に訪れた人たちにアンケートをとっていた。


拘置所棟跡。
ドラマで見るような接見の部屋も残されていた。
懲罰部屋もあった。


検討の結果、この正門と事務棟(下の写真)が保存されることとなった。
シンボル的な建造物が保存される。
それが最善の選択なのだろう。


今後は、広大な跡地と保存された建造物の活用方法が検討課題だ。
市内中心部の一等地を、どう開発するのか。
今後期待したいところだ。


旧長崎刑務所跡地は、諫早市の栄町アーケードを抜け、島原鉄道の線路を越えて、しばらく進むと右手に見えてくる。
再開発が進んでおり、この辺りは、数年後には様変わりしているかもしれない。


現在、ここから見える旧長崎刑務所の姿は、ほぼ保存されている。
規模は、かなり小さくなったが、五大監獄の威容は衰えていない。
今後、団地やショッピングセンターの建設が予定されているが、ずっと保存してもらいたいものだ。
中心部から離れていないので、ぜひ訪れて欲しい。


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