自虐.

「死ねえ、死ねえ、貴様らみんなおっちんじまええ」
「俺の弾丸の餌食になっちまええ!!」
「おらおらおら、てめえら、全員地獄へたたっこんでやるぜえ!!」
彼の血走った視線は、まっすぐに敵陣をにらみすえていた。
間断なく打ち込まれる機関砲の震動で、彼の上腕は、小刻みにゆすぶられている。
その度ごとにつんざくような爆音が辺りに響き渡る。

「グラハム、今日は、やけにおっかねえなあ、おめえよお。」
「へっあったりめえよお、あの野郎ども敵陣もろともふっとばすまでゆるさねえんだ今日はよお!!」
グラハムと呼ばれた男は、彼を一瞥して、そう言った。
彼の鋭い視線に変わりはなかったが、口元には歪んだ笑みを浮かべていた。

塹壕の中は、暑く湿っぽい空気が充満した蒸し風呂状態である。
足元には、黒く汚濁した泥水が彼らを足首まで濡らしている。
食料も弾薬ももう底をつき始めている。
その上、熱帯地方特有の伝染病が彼らの中で蔓延していて、この部隊は、とても戦える状態とは言えなかった。

「ふん、奇麗ごとばかり言ってんじゃねえぞ!!てめえらあ!!」
「これが現実だあ!!」
グラハムは、敵陣に標準を合わせて、射抜くようににらみすえている。
機関砲の震動は、彼の頬を伝い、その顔はがたがたと震えていた。

「食うか食われるかあ!!やるかやられちまうかだあ!!」
「おっちんじまう前にぶっ殺すしかねえんだよ!!」
グラハムの足元には、敵の砲弾に打たれて吹き飛んでしまった仲間の死体がいくつも折り重なっている。
中には、もはや人間だったとは思えないような肉塊もある。
凄まじいほどの死臭で、辺りはむせ返っていた。
血と泥と汗にまみれながら彼は、敵に対する凄まじい憎しみと恨みとでやっと立っているといってもいいだろう。

彼の顔面を敵の銃弾がいくつも掠めてゆく。
そのうちのいくつかは、グラハムの軍服を引き裂き、そこここに命中し、血しぶきを上げている。
「てめえらのへぼい鉄砲玉になんざ当たってたまるかあ!!」
どろどろに汚れて引き裂かれた軍服は、既にその形を成してはいなかった。

「俺にはもう帰る家なんざねえんだよ!!」
「可愛い妻も子供も殺されちまった!!」
「その上地元はやつらに蹂躙されるだけ蹂躙されちまって、故郷なんてものはとっくになくなっちまったんだあ!!」
近くで敵の砲弾に吹き飛ばされている見方の塹壕の無残な姿が見える。
悲鳴とも絶叫ともつかぬ叫び声がそこから聞こえてきた。

「くそ、またやられちまったのか。」
はき棄てるようにそうつぶやくと彼は、また機関砲を狂ったように打ちまくった。
グラハムの横顔は、もはやこれが人間の顔だろうかと思うほど豹変してしまい、牙をむいた狼のように青く鋭い目つきで敵をにらみつけていた。

二発目の砲弾がすぐ近くで炸裂した。次の刹那、グラハムの姿が、塹壕諸共視界から消えた。
「グラハムー!!」
横にいた男が叫び声を上げた。
吹き飛ばされながらも男は九死に一生を得て、はいつくばって、グラハムの姿を探した。
目の前には、もろくも崩れ去った塹壕の跡形が横たわっていた。
すると機関砲の銃口を上に向けて、それをしっかりと握っているグラハムの腕が泥に突き刺さっているのが見えた。

「これでいいんだよ、これで。」
「これで俺もやっと、あいつらに会えるんだ。」
「俺の役目は住んだんだ。ほら、あそこで俺を呼んでる声がするぜ。」

「あなた、やっと会えたわね。あの子達ももうすぐ来るわよ。ほら。」
「パパ、待ってたんだよ。会いたかったよ。淋しかったんだよ。怖かったよ。」
「もう心配はいらんよ、パパはここにいるぞ。おまえたちのそばを離れたりはしないぞ。」
「さあ、ままとパパと一緒にくらそうな。」
機関砲を持った腕が、そう話しているように思えた。
男の顔が厚くなった。
こみ上げてくる思いで、男の顔は濡れていった。

自由のきかなくなってしまった体で、男は機関砲を撃ちまくった。
しかし、もう、敵陣を見てはいなかった。
目をつぶったまま涙でくしゃくしゃになりながら、めったやたらと打ちまくった。
敵陣からは、容赦ない銃弾の嵐が吹きまくってくる。
次々に着弾する砲弾に見方の陣は、見るも無残に崩れ去ってゆく。
仲間たちは一人、また一人と敵の銃弾に倒れてゆく。

地上での戦いをよそに天空高くでは、どこまでも青い空が続いている。
その中をのんびり、柔らかな雲がゆっくりと流れている。
同じ空の下では、戦いのない平和な世界もここと変わりなく、時を刻んでいるのである。

やがて戦いも終わり、戦場は凄惨な静けさを演出していった。
時が経ち、この場で凄惨な紛争があったこともやがては、忘れ去られてしまうのであろう。
グラハムは、今、どこで何を考えているのだろうか。

終り。

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