2004年3月撮影

*本HPの写真・図版等の転載・転用等を固く禁止します。

 崩壊した護岸も見受けられ、島の崩壊を危惧しました。


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周遊船乗船前、野母崎から端島を望みます。

写真歴史の証人・三ツ瀬

写真島に近づくにつれ、興奮が高まります。


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 いよいよ、端島が目の前に。木造の建物だった、5号棟及び6号棟の姿はもうありませんでした。


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 写真右側には、三代目ドルフィン桟橋が見えます。また、写真左側の青色の矢印の先は、山道の下にあったくぼみ部分です。
 島の先輩によれば、「戦後、山道の下のくぼみは行き止となっており、穴は開いていなかったが、昔、先輩に聞いた話では、くぼみの先に穴が開いており、島の反対側にある生協裏の穴と繋がっていた。」とのことでした。また、別の先輩からは、「昔、くぼみの奥の穴は、最初の頃の坑道と聞いたことがある。」とのお話しも聞きました。
 なお、お二人とも聞いた話であり、聞いてから相当の年月が経過しておりますので、あくまでも参考情報としてお読み願います。また、私の確認方法が悪く、先輩方は、別の横穴の事を言われたのかもわかりません。前出の方とは別の先輩からですが、昔は、横穴が数多くあった旨を聞いたことがあります。実際、この場所から学校寄りに行った部分にも横穴が存在しております。


写真
ドルフィン桟橋の直ぐ南側部分。写真右にある土台、坑木を荷揚げしていたクレーンの土台です。


その後の端島へ

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