テニスコート

*本HPの写真・図版等の転載・転用等を固く禁止します。

 <『炭の光』、第106号、昭和33年11月2日>には、閉山時にあったテニスコートについて、「健保端島支部が、総工費百二十三万円をかけた、テニスコートの工事は、九月はじめから順調に進められ、このほどりつぱに完成した。これで病院、学校、グランド内の雑然とした空地が、スツキリとなり、新病院、新コートのコントラストも美しい。コート開きは、十二月二日(日曜日)に、島内愛好者を集めて、開くことになっている。」の旨の記載があります。


 なお、それ以前ですが、私の憶測では、南部や閉山時に59・60号棟が建っていた部分にあったと思われ、下記の情報があります。
   南  部   《三菱高島礦業所−端島坑鳥瞰》の南部の部分にテニスコートらしきものが見えるような気がします。
       ※時期的には、昭和一桁中頃から10年代中頃と思います。
   59・60号   <出展:探検コム>の写真の下の方にテニスコートらしきものが見えるような気がします。
       ※時期的には、昭和一桁の中頃と思います。
 また、どちらのテニスコートかは分かりませんが、<出典:日本地理大系(改造社・昭和5年発行)>の説明に庭球コートの文字が出てきます。


 

島のいろいろへ

TOP