2009.11 普州 韓国

一人1,000Wを払って入場する。
他の人は、お金を払っていなかったが、何故??
現地の人は無料なのだろうと勝手に納得。
韓国は、こういう場所の入場料が安いから良い。

城門を反対側から見る。
日本人は全くいない。
実に、良い環境だ。

川沿いに建つ美しい楼閣。
戦時には、指揮台として使われたそうだ。

普州城は豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の激戦地の一つとして有名である。
細川忠興が攻めた第一次侵攻では守り抜いたが、その後の第二次侵攻により、城は陥落した。

この普州城の見所のひとつである「義岩」へ行く階段があった。

この階段を下りて、左へ行くと義岩がある。

川には、人形が乗った舟が浮かんでいる。
スワンが2隻いるが、そのうちの1隻がこの舟と衝突した。
ぶつかる、ぶつかると思っていたら、案の定、ぶつかった。
けっこうな大音量だったが、舟はびくともしなかった。
事故の一部始終を目撃した。
これは、ある意味、貴重な体験だと思う。

左に曲がると、義岩が見えてきた。

紅葉した木と川のコントラストが美しい。

城が陥落し、日本軍が祝宴を開いていた際に、妓生として呼ばれた朱論介が泥酔した日本の侍である毛谷村六助をこの岩の上に招き出し、抱きかかえて一緒に川に身を投げた。
それが義岩にまつわる話である。

家族で来ていた、このおじさん。
どうしてもこの義岩の上に乗りたかったようで、家族が去った後も、ずっと義岩を見つめていた。
遠くから家族が叫ぶ「カジマ〜(行くな)、カジマ〜、カジマ〜」という声に、ようやく諦めたのか、しばらくして家族のところに戻っていった。
写真で見る以上に、義岩は離れているので、行かなくて正解だった。

朱論介(チュ・ノンゲ)を祀った「義妓祠」。
義岩を後にして、普州城へ戻る。

義岩を見るのが目的だったので、これで気持ち的には大満足。
しかし、まだ普州城には見所がたくさんある。

美しい楼閣。
城は朝鮮戦争で焼け落ち、1970年代に復元したらしい。

楼閣の上は、土足厳禁。
ここから見る川の風景は美しかった。
また、建物も色彩豊かで綺麗だ。

楼閣から、隣にある建物を望む。
ここには、朱論介の肖像画が祀られている。

朱論介の肖像画。
強い意志を持った女性として描かれているようだ。

花梨がたくさん実をつけていた。
花梨の木を見るのは、初めて。

旅の最終日に、釜山の農協スーパーで「花梨茶(モガチャ)」を購入した。これを飲むと、喉に良いらしい。
これからの季節に重宝するだろう。

普州城には、韓国人の観光客がたくさん訪れていた。
韓国各地から来ているようだった。
国内では有名な観光地なのだろう。

偶然に、鳥が並んでとまっていたので、写真撮影。
カササギに似た鳥だった。
この後、一斉に飛び立っていった。

後で調べて分かったことだが、カササギは佐賀の県鳥となっている。
朝鮮出兵から帰還した際に、鍋島直茂が朝鮮から連れてきて、佐賀平野に放ったそうだ。
その鳴き声が「カチカチ」と聞こえることから、「カチガラス」とも呼ばれている。

普州城の中は広く、公園になっている。
地元の人も多く、憩いの場となっている。
緑が多く、心地よい空間だ。
ふと、この街なら住んで良いかもと思った。

川沿いの道を歩いて、国立博物館へ向かう。
この川沿いの木々は、夜にはライトアップされる。
城内は、22時まで入場することが出来るそうだ。

繁華街側にある城門。
木々が色づき、すっかり秋の様相を呈している。
紅葉と城門との景色が美しい。

文禄・慶長の役の際に、この城を守った金時敏の銅像。
第一次侵攻の際は、この城を守り抜いた。

坂道の上にある門。
衛兵が守っている。

こっちを見る衛兵。
背が高く、180cmほどある。
夜は、さぞかし不気味であろう。

城壁の一番高いところに建つ展望台。
地元の婦人たちが集っていた。

展望台から見た普州の繁華街。
30万人都市だけあって、なかなかの都会のようだ。

いよいよ、普州国立博物館へ向かう。
博物館は、同じ城の敷地内にある。
この城は、かなり広い。

普州国立博物館。
ここには、伽耶時代の出土品のほか、文禄・慶長の役関連の資料が展示されている。

日本語の説明はないが、だいたい雰囲気で内容は理解できる。
佐賀県の名護屋城博物館から提供された資料も展示されていた。
歴史は何が正しいではなく、いろんな角度から見ることが大事。

博物館の企画展では、智異山の紹介をしていた。
お寺が多い名峰として智異山の名前は有名だ。
明日、もしかしたらバスから見ることが出来るかもしれない。

ちなみに、博物館は今年1年は無料とのこと。
理由は分からないが、そういう垂れ幕が掲げられていた。

後から調べたことだが、カチガラスの他に、鍋島直茂は朝鮮から十二、三才の少年を連れ帰っている。
少年は、野犬の群れに吠え立てられて立ち往生しているところを、鍋島軍の兵に発見された。
少年は、この普州城の官人の子で「浩浩然」といい、後に、佐賀藩の儒学者となり多くの影響を残した。
また、佐賀県には、鍋島更紗や有田焼などの工芸品があるが、これらは朝鮮から連行した九山道清や李参平といった学者や陶工が始めたものだ。
日本文化の発展は、韓国の犠牲の上にあることを忘れてはならない。

ライトアップされた城門。

初めて韓国に行った際に、ライトアップされた光化門に感動したのを思い出した。
初めての海外旅行が韓国。しかも、傷心の一人旅。
ツアーに申し込んだものの、申し込みは自分一人だけ。
今では考えられないが、、まだ韓流は来ていなかった。
初めての外国で、夜中に長い時間、一人で光り輝く光化門を眺めていた。
あれから10年。今は、一緒に旅をするパートナーがいる。
いつもは気づかないが、これは、ものすごく幸せなことだ。
ふと、そういうことを思った。

韓国の建造物は、ライトアップされると美しさに磨きがかかる。
この光り輝く緑色は言葉に表せないほど美しい。
いつまでも眺めていたい。
しかし、そういうわけにもいかない。
お腹が空いてきた。

普州城を後にして、繁華街へ向かう。

地図を見ていたのだが、やがて方向が分からなくなってきた。
夕食の店として決めていた場所は分かりづらいので、タクシーで行くようにとホテルの人に言われていた。
城下町なので分かりやすいだろうと思っていたが、道に迷ってしまった。

途中、家具屋さんばかりが並ぶ通りがあったが、地図には載っていない。どこをどう歩いてきたのか・・・

やがて、何となく現在地を確定することが出来たと思ったら、偶然にも目の前に目的地である食堂が見えた。

チョナンシクタン。
「地球の歩き方」にも載っている店で、嫁が通う韓国語教室の普州出身の先生がお奨めする店でもある。
普州でいちばん古い食堂とのこと。

さすがに建物は古いが、お客さんは多い。
ホテルの人も普州で一番有名で人気の店だと言っていた。
実際、待っている間にも、客がたくさん入ってきた。

ソックセプルコギ。
これを食べるように韓国語の先生に奨められた。
なかなかの美味。
名物の普州ユッケピビンパ。
生肉には抵抗があったので、ご飯で温めて食べた。
こちらもなかなかの美味。
コチュジャンも辛くなかった。
野菜たっぷりのピビンパだった。

旅行の定番、地元の百貨店巡り。
普州にあるのは、ギャラリアデパート。
高級感あふれる綺麗な百貨店だった。
これだけの百貨店があれば、退屈することはなかろう。

百貨店だけではなく、普州には中央市場という広い市場がある。
もう夜遅かったので、ほとんどの店が閉まっていたが、チマチョゴリの店などが並んでいて、とても興味深い市場であった。
次回、来ることがあったら、ぜひ行ってみたい。

疲れたので、ホテルへ戻ることにした。
川沿いはライトアップされている。
土曜日の夜は、ライトアップイベントがあるとパンフレットに書いてあったが、特段何も無かった。

このホテルには、ナイトクラブが併設されている。
当初は、ナイトクラブに行こうと思っていたが、いかにも悪そうな黒服の兄さんが数人入り口に立っており、躊躇してしまった。
今回もナイトクラブは断念。
初ディスコナイトもお預け。

しかし、小腹が空いたので、最上階のスカイラウンジへ。
期待して行ったが、お客はゼロ。
スカイラウンジからの夜景は窓が反射して、よく見えなかった。

仕方なく、とりあえずビールを注文。
このビールのキャップは、指でひねって開けるタイプ。
知らずにウエイトレスにオープナーを頼んだら、ジェスチャーで指で開けるよう指示された。

せっかくなので、サンドイッチを注文。
こちらもなかなかの美味。

飲み足らないので、ホテルのパンフレットにあったライブバンドの生演奏があるというカクテルバーへ行こうとしたら、もうやっていないとのこと。ホームページには、まだ載っているのに・・・

実は、密かにバーのお姉さん相手に韓国語で会話してみようと思っていたのだが・・・、ちょっと残念。

こうして、韓国1日目が終わった。

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