○台風等被災・資材倉庫付近(昭和31年)
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「昭和31年9月12日付け長崎民友新聞」の台風12号記事の中に、「東側の鉄筋コンクリート護岸は海面下に大きな穴をあけられてそこから流れ込む海水のために地層を洗い流され、ポツカリと地下トンネルが出来るほどの物凄さ。このため捨炭埋立地には数カ所の海水池が出来上つた。そのうえ付近沿岸には飲用水槽(千トン)のほか各施設が建ち並んでおり、道路の陥没と建物倒壊の危険にさらされている。」の記載がありますが、この記載は本ページの被災状況について書かれたものではないかと思います。
<高比良勝義氏(元島民)撮影> 資材倉庫の前の部分ですが、地面が陥没して大きな穴ができ、建物が落ち込んでいます。
<高比良勝義氏(元島民)撮影> 方向的には左写真とは反対側からの撮影です。レールの下は何もなく、レールは宙ぶらりんの状態です。なお、左写真とこちらの写真には共通の柵が写っているようです。
<高比良勝義氏(元島民)撮影> 建物に隠れて分かりにくいですが、資材倉庫前の地面が陥没してできた大きな穴には海水が流れ込んで海と化しています。ちなみに、学校海岸の上をレールが走っています。
<写真は、祖父・父が端島に住んでおられた方より> レールが宙ぶらりんの状態です。なお、写真中段の右側ですが、海面部分には木の土台ができて、復旧作業が始まっているようです。
<高比良勝義氏(元島民)撮影> 右上写真と比べて、海面部分の木の土台が大きくなり復旧が進んでいるようです。
<高比良勝義氏(元島民)撮影> 干潮時の光景でしょうか。それとも、本ページ最初の部分に記載の「東側の鉄筋コンクリート護岸は海面下に大きな穴」が塞がれた時の光景でしょうか。海面が少しも見えません。
<高比良勝義氏(元島民)撮影> 石炭積出桟橋付近の光景です。
<高比良勝義氏(元島民)撮影> 左写真の場所を上から覗いた光景です。写真の中段左側の護岸内側ですが、地面ではなく、海面が見えています。
<高比良勝義氏(元島民)撮影> 本ページ最初の部分に記載の「東側の鉄筋コンクリート護岸は海面下に大きな穴をあけられてそこから流れ込む海水のために地層を洗い流され」を示す写真です。
《s32.1.27》
左写真と同じ場所の光景のように思います。