○12号棟
最終の12号棟 : 大正12(1923)以前 木造3階 職員住宅
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《 三菱高島礦業所 端島坑社宅及布教所 》 <所有絵葉書> 絵葉書左側の四層の建物が12号棟になりますが、絵葉書の右端下には50号棟(昭和館)がほんの少しですが写っていますので、昭和になってからの撮影のようです。
<左写真は、長崎市高島町にある「端島模型」より> <阿久井喜孝 他 編著『軍艦島実測調査資料集【追補版】』東京電機大学出版局(2005・第1版1984)p.656・657>には「RCラーメンの人工地盤に二層の木造住宅がのる.後にピロティ中階に1層,住宅が増設されているので,一見三層の木造建築(各階1戸,計3戸にみえるピロティを入れれば四層),各階とも直接出入りし,内階段はない.」や「3階玄関へのアプローチは8号棟浴場脇のピロティと直結する木製ブリッジによって連絡されている」の記載があります。
左写真でいえば、手前中央にある上二層の茶色の建物が12号棟で、その下の二層分の灰色の骨組がRCラーメンの人工地盤(ピロティ)となり、ピロティ上部には後に増設された中階の住宅があり、ピロティ下部には日給方面と30号棟方面を結ぶ通路があります。なお、12号棟後ろの建物は8号棟で、左端の建物が13号棟になります。
ちなみに、12号棟2階部分は8号棟の基礎部分と同じ高さとなっていて、1階(ピロティ中階)部分は30号棟方向に玄関があり玄関先もかなり広くて私が子どもの頃は植木鉢が置かれていたような記憶があります。
〔 閉山後の光景 〕
<2019年11月4日撮影> その昔、12号棟があった「RCラーメンの人工地盤」です。一番下が日給方面と30号棟方面を結ぶ通路で、その上が「ピロティ中階に1層」の住宅、そして一番上に二層の木造住宅が載っていました。ちなみに、「ピロティ中階に1層」の住宅の右側にコンクリートの塀が見えていますが、上段写真の説明にあるピロティ中階にある住宅の玄関先になります。